大阪地方裁判所 平成7年(ワ)5702号 判決 1996年6月07日
原告
株式会社山田工務店
被告
藤井直純
主文
一 被告は原告に対し、金五九万〇九八一円及びこれに対する平成七年二月一八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、金一一〇万一六三六円及びこれに対する平成七年二月一八日(事故日)から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交差点における普通乗用自動車同士の衝突物損事故に関し、一方の乗用車の保有者が他方の運転者に対して、主位的に示談契約に基づき、予備的に民法七〇九条に基づき損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実 事故の発生
<1> 日時 平成七年二月一八日午後四時四五分頃
<2> 場所 大阪市浪速区下寺一丁三番二一号先路上
<3> 第一車両 訴外中井泰介運転、原告保有の普通乗用自動車(なにわ五七み六五四八号、以下「原告車」という)
第二車両 被告運転の普通乗用自動車(奈良五九せ四五四四号、以下「被告車」という)
<4> 事故態様
被告車と原告車が十字型交差点において、出会い頭に衝突した。
二 争点
1 示談契約の成否及びその効力
(原告の主張の要旨)
訴外中井泰介(以下単に「中井」という。)は、本件事故後、原告の代理人として、被告との間で「本件事故によつて発生した物的損害中、修理費用及び代車代金額について、被告が賠償責任を負う。」旨の示談契約を成立させた。
(被告の主張の要旨)
示談契約の成立は否認する。
仮に成立自体は否定できないとしても、右示談契約は損害の全容も把握できず、事故直後で被告が動揺しているのにつけ込んで半ば強制的に締結させられたものであるから、公序良俗に違反するものとして無効である。
2 過失相殺
(原告の主張の要旨)
本件事故は、一時停止の標識があるにも拘らず、被告がこれを無視して進行したために起きたもので、被告の全面的過失による。
(被告の主張の要旨)
被告は一時停止の標識に従い一時停止したうえ、徐行しながら左方の安全を確認し、交差点に進入したにも拘らず、原告車が高速度で本件交差点に進入したために本件事故は起きた。したがつて、被告は無過失である。そうでないとしても大幅な過失相殺がなされるべきである。
3 損害額全般
(原告の主張額)
<1> 修理費用 五六万九八五五円
<2> 代車代 三〇万五五二〇円
<3> 消費税 二万六二六一円
<4> 評価損 一七万〇九五七円
よつて、原告は被告に対し、主位的に示談契約に基づき、<1>ないし<3>の合計九〇万一六三六円及び<5>相当弁護士費用二〇万円の総計一一〇万一六三六円及びこれに対する本件事故日である平成七年二月一八日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、予備的に民法七〇九条に基づき、<1>ないし<5>の合計金額一二七万二五九三円の内一一〇万一六三六円及びこれに対する本件事故日である平成七年二月一八日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三争点に対する判断
一 裁判所の認定事実等
1 裁判所の認定事実
証拠(甲一ないし四、乙一のないし四、乙三、検乙一ないし四、証人中井泰介、被告本人)及び前記争いのない事実を総合すると各事実を認めることができる。
<1> 事故現場の状況
本件事故現場は、東西道路と南北道路が交わる信号機によつて交通整理の行われていない市街地にある交差点である。東西道路の交差点東側には一時停止線が設けられている。本件事故当時には、交差点の東南角付近に数台の駐車車両があり、また交差点の西には訴外紀伊保孝の車両が駐車されていた。
<2> 事故状況
被告は、東西道路を西に進行していたが、前記一時停止線付近で停止し、南方を見通そうとしたが、駐車車両が邪魔になり、速度を落として交差点中央付近にまで進出したところ、南北道路を北進してきた原告車と衝突した。被告は右衝突によつてアクキセルを踏み込んでしまい、被告車を暴走させた結果、被告車前部を前記紀伊車後部に衝突させるに至つた。
他方、中井は原告車を北進させていたが、被告車が交差点中央付近まで進出しているのを認め、急制動をかけたが及ばず、被告車の左横付近に原告車左前部を衝突させた。
<3> 事故の結果
本件事故により原告車はその左前部が、被告車は前部と左後側部が、紀伊車は後部がそれぞれ破損した。また、被告は頭部を打撲し、中井は事故直後から首に痛みを感じたが、共に通院治療は受けずにすんだ。
<4> 示談書を取り交わした経緯
被告は事故直後、中井の勢いに押されて、一時停止しなかつたと認めてしまい、さらに赴いた警察署において、電話で原告会社取締役より示談について任せると言われた中井から「自分は事故の経験があるので悪いようにはしない、人身損害を請求するつもりもない、原告車は自分の車ではないので証拠がなしでは帰れない。」等々の説明を三〇分余り受け、中井が作成した示談書に署名した。
右示談書には、一項として、「被告が一〇〇パーセント過失があることを認め、自動車の修理代金、代車代等の一切の支払いを行うことにより示談する。」二項として「中井は本件について異議申立てをしない。」旨の記載がある。
被告車は訴外今村昇の保有するものであり、被告は同人の娘から被告車を借受けていたものであり、他方中井は原告会社の業務として原告車を運転していた
2 事故態様に関する認定事実の補足説明
被告供述中には事故時の交差点付近の停車自動車の存在、位置のみならず、事故直前本件交差点を自転車が横切るのを認めた等の部分があり、その供述内容は具体性に富む。駐車車両によつて左方の見通し状況が悪かつたので一時停止のうえ速度を落としながら進行した際、原告車と衝突し、その衝撃または動揺からアクセルを踏み込んでしまい前記紀伊車と衝突に至つたという流れの中にも特に不自然というべきものはなく、右の道路状況と被告の行動は符合している。ただ、左方の確認が不十分であつたため、原告者の存在を見落としたものと認められる。
他方中井は、被告者が一時停止していなかつたと述べるが、一時停止の有無をその目で確認したわけではなく、被告車の速度が相当出ていたようであるので、一時停止しなかつたと判断したにすぎない。中井証言によつても中井は衝突直前まで被告車に気づいていなかつたことが認められ、そうした場合相手車の速度を把握することは困難を伴うことを考えると、中井の右判断も確たる根拠に基づくものとは言えない。したがつて、前記の認定に至つたものである。
二 争点1(示談の成立効力)についての裁判所の判断
原告の主張する示談契約はその成立を認めることはできない。その理由は以下のとおりである。
第一に、本件契約書の文言からは。確定的で特定された契約の存在が認められない。即ち、本件の事故によつて発生する法律関係は、<1>原告に対する損害賠償請求権にとどまるものではなく、中井に過失があることを前提とすれば、<2>訴外今村の原告、中井及び被告に対する損害賠償請求権、<3>訴外紀伊の原告、中井、被告に対する損害賠償請求権であり、更に人身損害について<4>中井の被告に対する賠償請求権、<5>被告の中井に対する賠償請求権も生じうるものである。ところが、示談書の文言からは右法律関係の内どれが取り下げられ、それがどのように処理されたのかは不明である。殊に示談書二項の意味は了解不能と言うしかない。したがつて、本件示談は、いわば外延、内包ともに不明確で、確定的で特定された契約の成立があつたとは認められない。
第二に契約書の文言に中井の証言内容を加えて考えても、なお内容が不特定である。即ち、中井は、示談契約書一項の「等」の中には、評価損は含まないもので、これが発生しても放棄する趣旨であるとし(原告もこれに則つた損害の主張をしている。)、二項の「中井は一切異議を述べない。」と言う意味はいわば一項の引き替えとして、後日、中井に人身損害が発生しても被告に賠償請求をしないという意味であると証言している。しかし、示談書の文言からは、前記<1>と<4>の法律関係だけが取り上げられ、中井の述べるような処分がなされたという解釈を引き出すことはできない。中井の説明と右契約書の文言を照らしても、なお、<4>の法律関係は示談の対象となつたのに、<5>の法律関係は対象とならなかつたのかどうか等釈然としないものがあり、特に評価損の点は中井の恣意的な解釈ともいえる。したがつて、中井が現在証言するような内容を示談書作成時点で表示していたものか、評価損のことなどは後日これを思いついて証言したにすぎないのかも判然としない。
更に、仮に中井においては示談書作成時点で右のような意思を表示したとしても、被告においては、示談書の文言に目を通し、中井からの説明を受けても、短時間のうちに中井が述べるような内容を了解し得たとは到底思えない。したがつて確定的な意思表示は少なくとも被告については存在しないことは確実である。
以上から、原告が主位的に主張する示談契約の成立は認められない。
三 争点2(過失相殺)についての裁判所の判断
前記認定事実によれば、被告は一時停止線付近で停止はしたものの、左方の安全を十分確認しないで進行した過失がある。他方、中井においては前記道路状況、特に右方の見通しが悪いという状況に応じて十分減速して右方からの進行車に注意を払わなければならないのにこれを怠つた過失があり、右過失の内容を対比し、前記道路状況を考えあわせると、過失割合は被告六に対し、中井が四とみるのが相当である。
四 争点3(損害額全般)について
証拠(甲三、中井証言)によれば、原告が原告車の修理費として五六万九八五五円、代車代として三〇万五五二〇円、これらに伴う消費税として二万六二六一円を各支出したこと、原告車は業務用であつて修理期間中代車を必要としたことが認められる。したがつて、右各支出は、本件事故と相当因果関係のある損害である。
しかし、原告車に修理後の客観的価値の減少があつたと認めるに足りる証拠はないので、原告の評価損の主張は理由がない。
第四賠償額の算定
一 第三の四の合計は九〇万一六三六円である。
二 これに第三の三認定の被告の過失割合を乗じると五四万〇九八一円(九〇万一六三六円×〇・六、円未満切捨)となる。
三 右金額、本件審理の内容、経過に照らすと、原告が訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして被告が負担すべき金額は五万円と認められる。
四 二、三の合計は、五九万〇九八一円であり、原告の被告に対する請求は右金額及びこれに対する本件事故日である平成七年二月一八日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
(裁判官 樋口英明)